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最高裁判所第三小法廷 平成8年(行ツ)189号 判決

浦和市常盤三丁目二三番五号

上告人

日照技研株式会社

右代表者代表取締役

根岸政恭

右訴訟代理人弁護士

吉武賢次

神谷巖

同弁理士

佐藤一雄

前島旭

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 荒井寿光

右当事者間の東京高等裁判所平成六年行(行ケ)第一二〇号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年五月一六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉武賢次、同神谷巖、同佐藤一雄、同前島旭の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文めとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口繁 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

(平成八年(行ツ)第一八九号 上告人 日照技研株式会社)

上告代理人吉武賢次、同神谷巖、阿佐藤一雄、同前島旭の上告理由

上告理由書記載の上告理由

第一点 理由齟齬

原判決には、民事訴訟法第三九五条第一項第六号後段で規定する重大な理由齟齬があり、破棄を免れない。

一 本願発明は、光学において歴史的な一頁を飾る大発明である。この点に関しては、原審における上告人の主張と、証拠を参照されたい。原判決は、単に法律を機械的に当てはめて結論を出したものであり、それも理由が齟齬すると平いう重大な誤りを犯して、発明として保護しなければならないものを保護しなかったという、重大な欠陥を有するものである。一国の繁栄のための奨励法である特許法の精神を忘れた、大変に残念な判決であると言わざるを得ない。

その点は、原審で述べたので、ここに本願発明の要点を簡略に記す。従来においては、放物面で代表される様に定められた(方程式で書ける)曲面を利用するものであった(例えば、光学の教科書には、別紙の如き図式が記載されているのが普通である)。定められた曲面による光の反射状態は固定的であり、仮想面状の光の分布密度(明るさの分布)も固定化される。これは、いわば、定まった道具を使う結果定まった分布になるという「照明工作」であって全く制御性がない。本発明は、この様な状況に鑑みて、なされたもので「照明工作」・「光制御光学」をはじめて実現したものである。即ち、前者と真反対に、求める分布状態(均一分布等)を定め、その光が向かう方向をも定め、これを実現する「反射系面」、「方向系面」の微細角度を連続的、又はプリズム(フレネル)状で間欠的に実現するのである。この場合光源等の位置関係は、任意であってその任意に定めた相対位置関係毎に両制御系面は一義的に定まるのであってその曲面は無数に存在し、又、何々曲面と定められるものでは無い。この様に、本発明は従来と全て正対極にある制御性に辿り着いたのであり世に先駆けてここから光の制御が始まったのである。公告公報(甲第二号証)第三図の記号を使用して、説明する。すなわち、例えば点光源5から発射される光のうち、一定の微細立体角に入る光を考える。この点光源は、特に理由がない限り、どの方向へも同じ強さの光を放つから、この各微細立体角に入る光の量は一定である。これを微細反射系面7で受け、それを反射し、この光が方向系面Bの上での一定の面積を有する微細面で受ける。このようにすることは、微細反射系面7を適当なカーブを有する曲面とすることにより、常に可能である。そして方向系面Bを、微細なプリズムから成り立たせ、この微細プリズムの角度を調節することにより、すべての微細方向系面に入った光を、一定の方向へ屈折してやる。この様に、微細な立体角に分割して、各々の中に入る光をコントロールすることにより、一定の光度を持つ面光源Bが得られるのである。これは、答えを聞いてしまえば、当たり前のことであり、このアイデアさえ判れば、後は単にコンピュータで曲面を設計すれば良く、実施は容易である。したがって、公告公報には、曲面の詳細な説明はない。

二 右の本願発明の構成は、特許請求の範囲の記載から、一義的に明らかである。すなわち、本願発明は面光源装置に関するものであり、特許請求の範囲にも「・・・特徴とする面光源装置」と記載されている。次に本願発明においては、面光源を作る以前の、大本となる光源が必要であゐが、そのため特許請求の範囲の欄には「光源と」と記載されている。次に反射系面が必要であり、かつその面は光源からの光を、方向系面の上において均一な光量分布を有する様に形成されなければならないが、そのことを表すために特許請求の範囲の欄には、「この光源からの光を受けて反射させる・・・反射系面は、それにより反射される反射光を、光の方向系面に、均一な光量分布で一定の面積の範囲に入射させるように設計され」る、と記載されている。次にこの方向系面は、光源から出た光を所望の方向に揃える役目を負っているものであるが、そのことを表示するために特許請求の範囲には、「反射系面で反射した光を受ける・・・光の方向系面は、反射系面からの反射光を所望の方向に向きを揃えて透過させる」ことを明瞭に述べている。これに付け加えて」前述した微細な面の集合により、反射系面および方向系面を構成するという本願発明の内容を明確にするため、反射系面について、「前記反射系面は、帯状若しくは同心円状に形成された微細な傾斜反射面または非球面状反射面を連続的に設けて形成され」ることを、また方向系面について「微細な傾斜プリズム面または同機能を有するレンズ面を連続的に設けることによって形成され」ることを明示している。したがってこれだけで本願発明の必須事項は一義的に明らかなのであるが、さらに判りやすくするため、発明の詳細な説明および図面を用いて、本願発明を説明している。

なお原判決は、公告公報の中に、趣旨が必ずしも明確ではない記載があることを問題にしているが、特許出願された発明の要旨は、特許請求の範囲の記載によって決っするべきであり、特許請求の範囲の記載と一致しない部分は捨象して考えるべきである(昭和五五年九月一〇日東京高等裁判所判決・判例工業所有権法第二一一五の四〇頁以下、昭和五六年四月九日東京高等裁判所判決・判例工業所有権法第二一一五の五一の五頁以下、昭和四五年四月一五日東京高等裁判所判決・判例工業所有権法第二一一五の七〇頁、昭和五七年四月二七日東京高等裁判所判決・判例工業所有権法第二一一五の九四頁参照)。

三 原判決も、本願の発明の詳細な説明の記載および図面(だけ)を引用した上で、次のとおり認定している(第二四頁第一三行乃至第二五頁第一五行、第二七頁第一〇行乃至第二八頁第四行)。

「上記発明の詳細な説明によれば、本願発明における反射系面は、光源からの光源光を反射する面であって、帯状(直線状のもののほかに曲線状のものも含む)若しくは同心円状に連続的に形成された微細な傾設反射面又は同機能を有する非球面状反射面を多数設けたものであり、光源の光束をなるべく多く(出来れば全て)集光して、光の無駄を無くし面光源にこの光分布が最終面において一様分布されるようにする、即ち方向系面への等分布入射光束をつくるものであり、方向系面は、反射系面からの反射光を受光する面であって、微細な傾設プリズム面又は同機能を有するレンズ面を連続的に設けたものであり、方向系面から拡散面へ反射系面からの反射光を所望の方向に光の向きを揃えるものであり、拡散面は、方向系面を経た光を最終的に受ける面で、光の方向系面の他(前)面に配設される面であると理解することができる。また、本願第三図には、光源5から放射状に拡がる光源光Lが、多数設けられた微細な傾斜反射面7により反射集光され、方向系面Bにおいては各光線が等間隔に入射している状態が描かれており、均一な等分布光量が方向系面に入射されていることを示しているものと認められる。」

「上記発明の詳細な説明及び本願第三図によれば、本願発明が、原告の主張するとおり、反射系面上に微細反射面を並べて、方向系面の一定の微細面積に一定の微小光を供給し、方向系面のどの部分においても、単位面積当たり同一の光を得て、さらに方向系面として微細なプリズム等を並べ、透過光を一定の方向に向かわせることによって、明るさを均一なものにするというものであることは理解することができるし、また、方向系面に均一な光量を分布させる反射系面、所望の方向へ光束を揃える方向系面を実現するための光源、反射系面、方向系面の三者の位置は、その相対的関係を考慮に入れれば限りなく存するものと考えられる。」

このことを言い換えると、本願発明の構成は、発明の詳細な説明と図面とによって、十分に理解し、実施できるのである。そして本願発明の目的は、公告公報(甲第二号証)第四欄第二二行乃至第二五行に、「本発明は上記従来の種々の事案を考慮してなされたもので、明るい面光源を得ると共に一様均一な該面光源とし、実際の製品実施化に寄与できるようにしたものである。」と、明瞭に述べられている。そしてその効果も、右号証第一〇欄第四行乃至第八行に(ただし、平成元年一一月二一日付けの手続補正書によって補正されたもの)、「本発明は上記説明から明らかなように、従来求められた面光源装置を均一光量分布をもつものとし、実用的に実際に応用できるもので、光量的にも、省エネルギー的にも、スペース的にも、またコスト的にも無駄がなく、使用用途も多方面に応用できるものである。」と明示されている。してみれば、本件発明は、目的・構成・作用効果が明細書と図面により、明瞭に開示されている。即ち、改正前の特許法第三六条第四項の要請を十分に満たしているのであり、そのことを原判決も上記の様に認定している。そして公告公報の第3図には、光源5、反射系面7、方向系面Bの位置関係の一例が示されており、どの様な考え方で反射系面と方向系面を構成すれば良いのか、明瞭に理解することが出来る。したがって、特にこれに付け加えて、実施例を記載する必要は存しない。

しかるに原判決は、第三三頁第一三行乃至第一七行において、「本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明における反射系面、方向系面及びそれらの組合せについて当業者が容易に実施することができる程度に記載されているものとは認め難く、これと同旨の審決の判断に誤りはない」と結論付けている。しかし本願発明は、原理発明であり、単なる改良発明とは根本的に異なるから、原理を理解できれば、それで発明の開示としては、十分なのであり、当業者は容易にこれを実施できるのである。すると上述の説明と結論とは齟齬するものであって、民事訴訟法第三九五条第一項第六号後段に該当し、破棄されるべきこと明らかである。

第二点 原判決は、昭和六〇年法律第四一号による改正前の特許法第三六条第四項の規定の解釈適用を誤っており、この誤りは本願発明の特許性に直結するものであるから、破棄されるべきである。

右規定は、「当業者」(現行の規定では、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」)が理解できる程度に発明の詳細な説明を記載すべきものであるとしている。決して、分野違いの審判官や、法律を専門とする裁判官の有する技術的知見を基準にすべきことを要求しているのではない。そこで検討するに、被告代理人であり、本件審判の主任を勤めた歌門恵審判官は、原審で提出した準備書面(第一回)第四頁第一五行乃至第一七行において、「この第五図は反射系面が凹面であるから、反射系面から出た光は収束する筈なのに、そうなってはいない点でも不明確な図である」と述べた。これについて上告人は、原告第三準備書面第五頁第五行乃至第一〇行で反論したが、このようなことは、特に大学で光学を学んだ者ではなくとも、高等学校で理科を学んだ者であれば、全く常識として知っていることである。してみると、右主任審判官は、当業者どころか、一般通常人としての理解力も持ち合わせていない。確かに、光学関係の出願は少ないから、常時十分な数の審判官を揃えておくことは、困難な面があるかも知れないが、その審判体制の不備を、出願人を不利益に扱うことによって補うという結果については、納得がいかない。そして原審の裁判官も、「当業者」とは言いつつも、自らの知見を拠り所として、「容易に実施することができる程度に記載されているものとは認め難」い、としている。原審でも述べたことであるが、この発明については、当業者と同一の知見を有する審査官は、(本願発明が理解可能であるとして)出願公告の決定をし、またアメリカ合衆国その他の外国でも、(当然、内容が理解できるという前提の下に)特許されたのである。したがって、原判決は、改正前の特許法第三六条第四項の解釈適用を誤っており、その誤りは本願発明の特許性に直結する誤りであるから、原判決は破棄されるべきものである。

なお原判決は、第二八頁第九行乃至第一三行において、「本願出願当時において本願明細書及び図面に接した当業者であれば、当然にコンピュータ等を用いて、反射系面及び方向系面の位置や形状を解析、設計することが容易であったものとは認めるべき証拠はない」と判示している。しかしながら、本願発明はコンピュータの使用法に関する発明ではない。何を計算すればよいのかということさえ判れば、後は単にプログラム開発のための金銭の問題であって、コンピュータハウスに持ち込めば、容易に計算してくれる。したがって当業者としては、単に光源の位置、反射系面の位置、方向系面の位置さえ指定すれば足りるのであって、このことは顕著な事実であるから、特に証拠を提出して証明すべきことではない。例えば甲第九号証は、コンピュータ制御により米を炊く電気調理器(電気炊飯器)に関する発明であり、本件特許出願に先んじて実用新案登録出願されたものであるが、その際コンピュータ(右号証においては、マイクロコンピュータと呼んでいる。小型のコンピュータである)をどう扱うかについては、一言も触れてはいない。この点は重要なことなので、若干詳細に述べると、まず実用新案登録請求の範囲には、マイクロコンピュータには言及していない。考案の詳細な説明を見ると、第一頁第一〇行以下に「本考案は本体下部にマイクロコンピュータ等の制御ユニット収容室を有する」、同頁第一九行以下に「おいしいご飯を得ることができるように、タイクロコンピュータ等の炊飯制御ユニットを内蔵したものが注目されるようになってきた。従来、このようにマイクロコンピュータ等の制御ユニットを内蔵した電気調理器は」、第二頁第一四行以下に「このような従来のマイクロコンピュータ等の制御ユニット収容室を有する電気調理器」、同頁第二〇行以下に「本考案の目的は前記従来の、マイクロコンピュータ等の制御ユニットを内蔵した電気調理器にみられる」、第四頁第一行以下に「電気調理器本体の底板8の下部に・・・マイクロコンピュータ等の制御ユニット10を収容する室を形成する」等とあるのみであって、マイクロコンピュータをどの様に作動させるのかについては、一切記載がない。当時の技術水準では、コンピュータがなし得る動作については、特にその技術内容を記載しなくても、当業者には明確に理解できたのである。従って、本願発明出願時以前に、何を計算するかについてさえ明らかにされていれば、コンピュータにどう計算させるかということは、少なくとも理工系出身者であれば、明らかだったので、特にその様な自明の事項について、詳述する必要はなかった。原判決が、上告人に対してのみ、どの様にコンピュータに計算させるかについてまで開示を求めていることは、極めて不当であり、原判決は破棄されるべきものである。

以上

〈省略〉

平成八年七月一九日付け上告理由補充書記載の上告理由

上告理由第二点を、若干補充する。

上告人は、本件審判事件の主任審判官が当業者としての知見を有するか否かについて、否定的な見解を述べたが、これについて更に検討する。右審判官は準備書面(第二回)の第二頁以下において、ソフトウェアが判らないから、コンピュータで計算することは容易にはできないという趣旨のことを述べている。しかし上告人がコンピュータプログラムの開発に時間をかけたとしても、それはコンピュータによる方程式の解明というソフト自体の発明(なお、当時はコンピュータプログラム等ソフトは「自然法則の利用」には当たらないという理由で、特許出願はできなかった)であって、本件発明の開示の程度とは関係のない話である。反射系面や方向系面を自動的に解析する方程式の解明はそれ自体が別の発明であるが、コンピュータが無くても、とにかく一つの反射系面や方向系面を手計算で設計することは、時間だけの問題であり、十分にできるのである。

また右審判官は、審理中に、本願発明における反射系面等が、放物面であるのか双曲面であるのかと原告に反問した(原告第四準備書面第五頁第一五行以下)。しかし、それらの様に典型的固定的な面では光の制御ができないので、本願発明の様な画期的な発明が要請されていたのであって、この発言は、主任審判官が(専門違いによることに起因すると思われるが)本願発明を全く理解する能力がなかったことを如実に表している。「当業者」の水準による審査を求める特許法の建て前に反する審査の方法である。

次に、上告人は、甲第九号証を提出して、本願発明の出願当時のコンピュータの普及について述べたが、この第九号証の考案は、「(当業者が容易に実施することができるという前提の下に)出願公告された(甲第一〇号証)。よって当時の審査官は、特にコンピュータの使用方法についての詳細な記述が無くとも、コンピュータが果たし得る作用についてであれば、理解ができるとしていたことが明らかである。もちろん出願当時の技術水準では、コンピュータが未だ果たすことができないと考えられている作用については、詳細な説明がなくては当業者といえども容易に実施することはできなかったであろう(例えば、日本語から英語に同時通訳することができるコンピュータまたはプログラムは、発明されてはいなかった)が、そのようなものではない単なる計算時間を短縮する手段内容についてまで、詳細な説明を求める原判決は、違法である。

以上

(甲第九号証・甲第一〇号証省略)

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